CHINTAIスキークラブ「ジャンプ通信」
スキージャーナリスト・岩瀬孝文氏によるスペシャルレポートをお届けいたします!
是非ご覧ください。
2026年3月14日(土)
雪の札幌大倉山で、その時はやってきた。
3月中旬に恒例となる今シーズン国内最終戦、伊藤杯ファイナルであった。
夏場から基本に取り組み徐々に仕上がり、それが宮様大会では上位に食い込みを見せた。
そして迎えた現役最後のジャンプ、栄えあるラストゲームである。 さすがに夜半の札幌大倉山ラージヒルは冷え込んでいた。
1本目で8位につけて2本合計第8位でジャンプを終えた小林諭果選手(CHINTAI)。
欧州に通用する長身ジャンパー、好ましい風に乗れば、パワーを活かしたノルウェー選手に匹敵するような抜群の伸びを見せていた。
「踏み切りのタイミングが遅れてしまって。もう最後の最後まで、これは一体なんなんでしょうね。ちょっと悲しくなりました」 そのジャンプを終えて開口一番、もどかしそうに言う。

競技人生21年の振り返り

そして振り返る。
「スタートゲートに座ってみたら、ランディングバーンの脇に会社の人がたくさんいて、いっぱいの声援がここまで上がってきて、とても嬉しく感じました」
感無量でもある。
「ジャンプを始めて21年くらいになったと考えていますが……」
ここまで我慢していた涙が、あふれかけて。
「ほんとうに小さな頃にやり始めたときはイヤで、イヤでジャンプ台に行きたくなくて。
でも、すぐに表彰台に昇れるようになり、それだけ当時は女子の競技選手が少なかったのかもしれませんが、やはりそれが嬉しくなって続けて。そうですね、いつも、ずっと兄弟を追いかけて飛んできました」
岩手県松尾八幡平の雪の上がジャンプ人生の始まり。
盛岡中央高から早大を経て、入社後にはフィンランドなどに幾度も海外遠征に出て技術を研鑽してきた。
今季、集大成となったラストシーズンでは、名将として名高い元フィンランドチームヘッドコーチで実績あるヤンネ・バータイネンの指導を受け、シンプルながら基本に立ち返ることの大切さと、フィンランド基礎技術を充分に伝授されていた。
さらにスキーサービスマンでベテラン三原さんによる、職人ならではのワックスとストラクチャー技術に裏付けられたスキーは、アプローチスピードの向上につながった。
加えて、ヤンネコーチがW杯遠征で国内にいない際には、五輪解説者の伊藤謙司郎コーチによる旗振りとビデオミーティングで細部の技術分析を聴いていた。
「練習拠点を東京から札幌に移して、充実した一年でした。
技術コーチをヤンネにお願いして良かったと思います。昨年の春からコーチングしてもらって、懸命に取り組むことができました。それと今後は、札幌から本社に戻ってお仕事させてもらう予定です」
その踏み切りが遅れてしまったとはいえ、懐にしっかりとエアをため込んだ空中姿勢で、試技と1本目に、さっそうと空を飛び抜けていた。
これはアプローチの安定とスピードが申し分なく、飛距離を伸ばして着地でテレマークを決めた。
伝統ある札幌大倉山ラージヒルで2本揃えられた嬉しさは格別だった。
今宵、引退選手の名前を呼び上げられてのラストジャンプでは純白色のジャンプスーツが、ひとしきり大倉山の夜空に映えていた。
最後はフィニッシュエリアでW杯遠征中の弟・陵侑を除いて兄・潤志郎と弟・龍尚と一緒に肩を組み合う。
「これからは、彼ら兄と弟をとことん応援しますね」 そう言ってようやくほっとした微笑みをみせてくれた。


文・写真/岩瀬孝文
大会結果
■第27回伊藤杯シーズンファイナル大倉山ジャンプ大会
1本目109.5m 2本目114m 140.4ポイント 第8位




